先日、高校の卒業アルバムを開いた。
何十年ぶりだっただろう。
70歳になった今となっては、卒業アルバムを見ることなどほとんどない。
それなのに、その日はなぜか手に取った。
特別な理由はなかったと思う。
ただ何となくだった。
ページをめくりながら、懐かしい顔を眺めていた。
先生。
友人。
部活動の仲間。
名前を覚えている人もいれば、思い出せない人もいる。
50年という時間は、それほど長い。
ところが、一か所だけ不自然なページがあった。
あなたのクラスの個人写真のページだった。
そこにあるはずの写真がなかった。
きれいに切り抜かれていた。
大きさにして5センチほど。
最初は何が起きたのか分からなかった。
しかし、考えるまでもなかった。
切り抜いたのは私だった。
では、いつ切り抜いたのだろう。
なぜ切り抜いたのだろう。
不思議なことに何も思い出せない。
ただ一つだけ分かることがある。
興味のない人の写真を切り抜く人はいない。
私はその時、何を考えていたのだろう。
机の引き出しにでも入れていたのだろうか。
財布に忍ばせていたのだろうか。
それとも、ただ手元に置いておきたかっただけなのだろうか。
記憶はない。
しかし、写真が切り抜かれているという事実だけは残っている。
人の記憶というものは不思議だ。
忘れたと思っていても、心の奥では忘れていない。
私は長い間、あなたのことなど思い出していないつもりだった。
結婚もした。
子どもも生まれた。
仕事も変わった。
親を見送った。
離婚も経験した。
人生はいろいろあった。
それでも、その小さな切り抜き写真を見た瞬間、50年という時間が消えてしまった。
あの日々が昨日のことのようによみがえった。
もしかすると私は忘れていたのではない。
忘れたふりをしていただけなのかもしれない。
そして、そのことに気付いた時、胸が少し痛んだ。
(つづく)