人生の振り返り

第8話 札幌で、もう一度立ち上がる

父の三回忌を終えた私は、札幌へ戻りました。

札幌へ戻る理由は、一つではありませんでした。

仕事を探したいという気持ちもありました。

もう一度、自分の人生を立て直したいという思いもありました。

そして、心のどこかでは、あの人に会えるかもしれないという小さな期待もありました。

五十年前、何も告げずに別れた彼女です。

もちろん、会えるあてもありません。

それでも札幌の街を歩けば、どこかですれ違うことくらいあるのではないか。

そんなことを考えていたのです。

今思えば、ずいぶん都合のいい話です。

それでも、あの頃の私は本気でそう思っていました。

しかし、現実は私の期待とは違いました。

仕事は見つからず、お金も底をつきました。

やがて生活保護を受けることになり、NPO法人が運営するアパートで暮らし始めました。

人生で初めての経験でした。

制度に助けられたことには、今でも感謝しています。

あの制度がなければ、私は本当に困っていたでしょう。

それでも、私の心は落ち着きませんでした。

「このままでいいのだろうか。」

そんな思いが、毎日のように頭をよぎりました。

生活保護を受けながら暮らすことに慣れてしまう。

それだけは、自分のプライドが許しませんでした。

私はもう一度、自分で働きたかったのです。

お金のためだけではありません。

自分はまだ働ける。

まだ社会の役に立てる。

そのことを、自分自身に証明したかったのです。

仕事があると聞けば、断りませんでした。

税務署の確定申告のアルバイトにも行きました。

生活保護を受けていた期間は約八か月でしたが、実際に支給を受けたのは四か月ほどです。

アルバイトを始めると、その分だけ支給額は減ります。

私は、それでよかったと思っています。

生活保護から一日でも早く抜け出したい。

その気持ちの方がずっと強かったからです。

そんな頃、一つの出会いがありました。

私が暮らしていたアパートの経営者が、女性社長に私を紹介してくれたのです。

後で聞いた話ですが、その経営者は私のことを見て、

「面白いやつがいる。」

そう話したそうです。

ちょうど女性社長は、除雪の仕事をしてくれる人を探していました。

その紹介で、私は除雪の仕事をすることになりました。

これが、私と社長との最初の出会いでした。

社長は、とにかく行動が早い人でした。

いや、早いというより、強引と言った方が正しいかもしれません。

でも、一度面倒を見ると決めた人のことは、最後まで面倒を見る。

そんな人でした。

ある日、社長から言われました。

「ヘルパーにならない?」

私は少し考えようと思いました。

ところが、その返事をする前でした。

「〇日から講習だからね。」

そう言われたのです。

「えっ?」

返事もしていないのに、二級ヘルパー講習の申し込みは終わっていました。

驚いているうちに講習は終わり、今度は、

「一級ヘルパーも申し込んだから。」

今回も相談はありません。

そして最後には、

「あなたには介護センターの管理者をしてもらいます。」

経験もない私に、管理者。

あの時は驚くしかありませんでした。

今振り返ると、人生とは不思議なものです。

私は介護の仕事を探していたわけではありません。

介護の世界に入りたいと思っていたわけでもありません。

ただ、一日でも早く自分の力で生活したい。

その一心で働いていました。

その結果、人生は思いもよらない方向へ進み始めたのです。

介護の仕事を始めて間もない頃、私は初めて利用者さんの看取りを経験しました。

その時、ふと父と母の顔が浮かびました。

「もし、この資格をあの頃持っていたら……。」

もっと楽にしてあげられたかもしれない。

もっと違う介護ができたかもしれない。

そんな思いが胸をよぎりました。

もちろん、過去は変えられません。

でも、その日から私の心の中には、一つの思いが残りました。

「親にできなかった分、この人たちにしてあげよう。」

誰かに教えられた言葉ではありません。

私が、自分自身に約束した言葉です。

札幌へ戻った理由は、彼女に会えるかもしれないという小さな期待から始まりました。

でも、札幌で私を待っていたのは、思いがけない仕事と、新しい人生でした。

人生は、自分で描いた地図どおりには進みません。

だからこそ、面白いのかもしれません。

(つづく)


-人生の振り返り