人生の振り返り

第8話 介護の世界へ導かれて

人生を変えた一人の女性

父の三回忌を終えた私は、札幌へ戻った。

札幌は、私が青春を過ごした街だった。

会いたい人もいた。

しかし、現実は厳しかった。

お金は底をつき、生活保護を受けることになった。

NPO法人が運営するアパートで生活しながら、時々アルバイトをして暮らしていた。

税務署の確定申告のアルバイト。

冬には除雪のアルバイト。

その時、私の人生を大きく変える一人の女性と出会った。

そのNPO法人を運営していた社長の友人で当時介護の事業をやっていた女性社長だった。

強引だが、最後まで面倒を見る人

社長は不思議な人だった。

強引だった。

しかし、一度面倒を見ると決めた人は最後まで面倒を見る。

そんな人だった。

ある日、社長から言われた。

「ヘルパーにならない?」

私は、

「少し考えさせてください。」

そう答えた。

ところが数日後、

社長は何事もなかったように言った。

「○日から講習だから行ってね。」

私は驚いた。

返事をする前に、二級ヘルパー講習の申し込みが終わっていたのである。

さらに驚いたこと

二級ヘルパーの講習が終わる頃だった。

社長はまた言った。

「一級ヘルパーも申し込んでおいたから。」

もちろん、今回も私には相談していない。

さらに驚いたのは、その後だった。

「あなたには介護センターの管理者をしてもらいます。」

私は介護経験もなかった。

管理者など考えたこともなかった。

それでも社長は迷いがなかった。

今思えば、人を見る目があったのだろうかと疑問を持っている。

しかし、あの強引さがなければ、今の私はいない。

初めての介護

初めて担当した利用者さんは、有料老人ホームで暮らす十人ほどのお年寄りだった。

一人ひとり性格が違う。

一言で言い表せば、癖が強すぎて行き先を失った人

それくらい、みんな個性的だった。

あれから長い年月が過ぎた。

あの頃お世話をした利用者さんのほとんどは、もうこの世にはいない。

私は、その多くの方の最期にも立ち会った。

介護の世界では「看取り」と呼ばれる。

当時は毎日が精一杯だった。

何かを感じる余裕などなかった。

この資格をもっと早く持っていたら

初めて利用者さんを看取った時、ふと思った。

「この資格を、もっと早く持っていたら。」

父や母への接し方は変わっていただろうか。

もっと楽にしてあげられたのではないか。

もっと安心させてあげられたのではないか。

そんな思いが頭をよぎった。

答えは分からない。

過去は変えられない。

それでも今の私は、時々こう思う。

「親にできなかった分、この人たちにしてあげなさい。」

誰に言われたわけでもない。

でも、その言葉は今も私の心の中にある。

利用者さんの年齢を聞くと、父や母と同じ昭和生まれの方が多い。

そのたびに私は思う。

もしかすると父と母が、

「今度はこの人たちを大切にしなさい。」

そう教えてくれているのかもしれない。

だから私は、今日も介護の仕事を続けている。

(つづく)


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