歳を重ねたせいでしょうか。
ときどき、無性に生まれ育った町へ帰りたくなることがあります。
今はもう、ずいぶん寂れてしまっているかもしれません。
それでも、目を閉じると昔の町は、今でも私の中にそのまま残っています。
特に思い出すのは、小学生の頃の海です。
小学4年生くらいまで、私には友達らしい友達がほとんどいませんでした。
夏になると、暗くなってから家を出て、歩いて10分ほどの砂浜へ一人で行くのが日課でした。
砂の上に座って、ただ海を眺める。
波が寄せてきて、また引いていく。
それを、いつまでも見ていました。
あの頃の私は、そこで何を考えていたのでしょう。
今となっては、何も覚えていません。
ただ、暗い海と波の音だけは、不思議なくらい記憶に残っています。
冬になると、今度は海の表情が一変します。
流氷が岸壁まで押し寄せてきます。
夜になると、その流氷が互いに押し合い、きしむ音が聞こえてきました。
「流氷が泣いている」
大人たちは、そう言っていました。
子どもの私には、とてもそんな風情のあるものには聞こえません。
怖かった。
頭まで布団をかぶっても、その音は聞こえてきます。
布団の中で、早く朝にならないかと思いながら、じっとしていたことを覚えています。
学校へ行きたくなかった子ども
私は小学1年生の2学期頃から、小学4年生の3学期くらいまで、今でいう不登校に近い子どもでした。
まったく学校へ行かなかったわけではありません。
ただ、とにかく休む日が多かった。
当時、私の周りにはそんな子どもは一人もいなかったように思います。
理由は、今考えると単純です。
担任の女性教師が嫌いだったのです。
他の子と比べられたり、自分だけ違う扱いをされているように感じたり。
今なら「差別されているように感じた」と言うのかもしれません。
もちろん、小学生だった私がそんな言葉を知っていたはずもありません。
ただ、
「学校へ行きたくない」
それだけでした。
そんな私を見て、親も心配したのでしょう。
小学4年生の後半頃から、柔道へ通わせるようになりました。
これがまた妙な話です。
昼間は学校を休む。
ところが、柔道には毎日のように通う。
今考えても、ずいぶん変わった小学生です。
友達もほとんどいませんでした。
そのくせ、自分より弱い従妹や妹を泣かせては、少し優越感に浸っているような子どもでした。
当然、そんなことをすればすぐ大人にばれます。
そして父や叔母から、げんこつが飛んでくる。
そんなことを何度繰り返したでしょう。
今なら笑い話ですが、決して褒められた子どもではありませんでした。
なぜか学校へ行くようになった
ところが小学5年生になると、なぜか私は毎日学校へ行くようになります。
どうして突然そうなったのか、今でもはっきり覚えていません。
たぶん、嫌いだった先生がいなくなったことが大きかったのではないかと思います。
やっと普通の小学生になった。
……と思ったのも束の間でした。
今度は、クラスのガキ大将が私を標的にするようになったのです。
からかわれる。
嫌なことを言われる。
何かされる。
それでも私は我慢していました。
ただ、自分の中で一つだけ決めていたことがあります。
体に手を出されたら、その時は我慢しない。
なぜ、そんな余裕があったのでしょう。
柔道です。
親に半ば無理やり始めさせられた柔道でしたが、その頃には3級か2級くらいになっていたと思います。
試合では上級生に勝つこともありました。
子どもなりに、
「本気でやれば負けない」
という自信だけは持っていたのです。
その日は突然やってきた
小学5年生の2学期の終わり頃だったと思います。
クラスのみんなで、机と椅子を教室の端へ寄せていました。
何かの行事の準備だったのでしょう。
何をしていたのかまでは覚えていません。
その時でした。
例のガキ大将が、突然私につかみかかってきたのです。
なぜだったのか。
それも覚えていません。
左手で私の胸元をつかみ、右手を振り上げました。
平手打ちをしようとしたのでしょう。
その瞬間。
考えるより先に、体が動きました。
本当に、体が反応したのです。
相手の腕を取り、
腰を入れ、
一本背負い。
次の瞬間、ガキ大将は教室の床に倒れていました。
自分でも驚くほど、きれいに技が決まりました。
相手がどんな顔をしていたのかは覚えていません。
私は倒れた彼の胸ぐらをつかみました。
そして、自分でも思ってもいなかった言葉が口から出ました。
「俺に手を出すんじゃねぇよ」
今思えば、小学5年生がよくそんなことを言ったものです。
もっと驚いたのは、その後でした。
周りで見ていたクラスメートから、
「ウォー!」
「キャー!」
「かっこいい!」
そんな声が一斉に上がったのです。
昨日まで、学校を休んでばかりだった暗い少年です。
目立つことなど、ほとんどなかった。
ところが、その日を境に、周りの見る目が変わりました。
不思議なものです。
人間というものは、たった一つの出来事で立ち位置が変わることがあります。
そして、人生最初で最後かもしれない「モテ期」へ
あの日からです。
学校へ行くことが、嫌ではなくなりました。
友達も増えていきました。
そして、なぜなのか女子からも声をかけられるようになりました。
今でいうところの、
「モテ期」
というやつでしょう。
もちろん、当時そんな言葉はありません。
しかも、私の人生を振り返ると、あれほど分かりやすいモテ期は、その後ほとんどなかったような気もします。
人生というものは分かりません。
学校へ行くことさえ嫌だった少年が、
親に無理やり始めさせられた柔道のおかげで、
ある日突然、教室の真ん中で一本背負いを決める。
そして、そこから学校生活まで変わっていく。
70歳になった今、あの頃の自分を思い出すと、少しおかしくなります。
一人で暗い砂浜に座り、波を眺めていた少年。
流氷の鳴き声が怖くて、布団を頭からかぶっていた少年。
学校へ行くのが嫌で、家にいた少年。
その少年が、いつの間にか柔道着を着て、少しだけ自信を持つようになっていました。
人は、いつ変わるのか分からないものです。
そして、そのきっかけは案外、
自分では選んでもいなかったところに転がっているのかもしれません。
今度、生まれ育った町へ帰ることがあったら、
あの砂浜にもう一度行ってみたい。
あの頃と同じように砂の上に座って、波を眺めてみたいと思っています。
70歳の私は、あの小学4年生の少年に、
何を話しかけるのでしょうね。
(つづく)