馬券生活者にはなれない

馬券生活は私にはなれない。昨年の暮れそう結論づけた。
ブログ名は「馬券生活者の単勝馬券術」2019年春ごろまでにはこのブログ名の変更を予定している。

馬券生活をしていないのに馬券生活者という嘘

そもそも馬券生活に挫折した人間がいつまでもこのタイトルを使っていることが不自然なのだ。そして決定的に違うのは

私の収入は馬券生活で生み出したものではないことだ。

会社員としての収入で生活を保ちその残りの中から馬券代を捻出している。

予想を売っているのでもなく、ブログで収入を得ているのでもない。
メール予想やブログはボランティアと同じですべて無償だ。

だから馬券・競馬生活者ではない。

以上の理由からブログ名の変更を予定した。

ギャンブルは投資ではなく、娯楽だ。

最近はギャンブルを投資という人たちも多く、煽っていると思われるサイトやメーるも多い。

ネット普及の恩恵か?

誰しもが予想家になれ、コンテンツも比較的簡単に作成できるため自称馬券師や馬券投資家などネット上にはウヨウヨしているそしてほとんどが有料だ。

もちろんすべてが怪しいものではないが、そう思われても仕方がないようなサイトやメールが多いのも事実だ。

そういうところから少し距離をおきたいと思っている。

ギャンブルのすべては娯楽だ。パチンコ、競艇、競輪、競馬どれもが娯楽だ。
娯楽という言葉以外に私は思いつかない。

馬券買に於て勝つこと甚だかたし。ただ自己の無理をせざる犠牲に於て馬券を娯しむこと、これ競馬ファンの正道ならん。競馬ファンの建てたる蔵のなきばかりか(二、三年つづけて競馬場に出入りする人は、よっぽど資力のある人なり)と云わる、勝たん勝たんとして、無理なる金を賭するが如き、慎しみてもなお慎しむべし。馬券買いは道楽也。散財也、真に金を儲けんとせば正道の家業を励むに如かず。

菊池寛の我が馬券哲学を引用した。
馬券を娯しむこと、競馬ファンの正道。

真に金を儲けんとせば正道の家業を励むに如かず

菊池寛は明治21年に生まれ、昭和23年に亡くなっています。

「文藝春秋」の創刊者です。この「我が馬券哲学」は競馬をする人なら知っている方も多いでしょう。この哲学は現在の競馬ファンが読んでも少しも古びているとは感じません。

競馬で蔵がたつなど夢の夢、おまけに競馬場に数年通い詰める人は余程の金持ち

馬券買いは道楽の域を出ない。だから本業で真面目に働きなさい。

ということです。

時代が変わり今は違うという人もいるでしょう。
どんなに時代が変わっても、AIが予想をしても馬券で生活できるなんてあり得ない。

ということを教えてくれます。

馬券を買い儲けたお金ということです。予想を売って儲けることとは違います。

1960(昭和35)年10月の文学全集の中にあります。全文はネット上でたくさんありますが、一度読んでおく事をオススメします。

反対にすべてのギャンブルを否定する人。

娯楽ということを認められない人々はこのブログは無視してください。
ギャンブル依存症をギャンブルがあるから悪いという考え方に同意ができかねます。

「人生が上手くいかないのは国のせいだ」的な考えに私はなれません。

さて競馬を娯楽としてうまく付き合っていくにはどうすればいいのか?

結論として単勝を買って遊びましょうということです。

単勝馬券の醍醐味を菊池寛は以下のように書いています。

鼻頭を以て、一着す。人生の快味何物かこれに如かんや

以下引用

自己の研究を基礎とし人の言を聴かず、独力を以て勝馬を鑑定し、迷わずこれを買い自信を以てレースを見る。追込線に入りて断然他馬を圧倒し、鼻頭を以て、一着す。人生の快味何物かこれに如かんや。而もまた逆に鼻頭を以て破るるとも馬券買いとして「わざ在り」なり、満足そのうちにあり。ただ人気に追随し、漫然本命を買うが如き、勝負にかかわらず、競馬の妙味を知るものに非ず。

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